ロレックスブログ2020

【時計業界の歴史を知る】クォーツショック後、王者パテック・フィリップは何をしていたのか?

1969年、日本の時計メーカーである「セイコー」が世界初のクォーツ腕時計を発表しました※1。この「事件」が時計業界を見事に揺るがしました。この「事件」のことを多くの人は「クォーツショック(クォーツクライシス)」と呼びます。スイスは世界の時計製造シェア争いでアメリカを上回ってから、時計業界の覇者として君臨していた国です。長く覇者として君臨した奢りがあったからなのか、「機械式時計からクォーツ時計」というシフトに出遅れた感があります。セイコーと同年にスイスのジラール・ペルゴもクォーツ時計を発表しているにもかかわらずです。

クォーツショックによりもたらされたものは非常に衝撃的でした。最初は高価だったクォーツ時計も次第に安価になり、製造ラインも量産ができるようになります。そして、それまでの機械式時計(ゼンマイ駆動の自動巻・手巻時計)の精度をクォーツ時計ははるかに凌駕していました。つまり、安くて時間も正確な時計がたくさん作れるということです。スイスが頑張って作っていた機械式時計は下火になり、スイスはクォーツ時計に注力した日本やデジタル表示クォーツで巻き返したアメリカに遅れをとります。さらに追い討ちをかけるように、オイルショックによる生産コストアップ、スイスフラン高騰、人件費の高騰などがスイス時計産業に襲い掛かります。そして、スイス時計メーカーは廃業になる企業が続出します。IWCが倒産の危機になったり、ブランパンが休眠状態になった事実も有名です。スイスの時計メーカーはそれまで持ち合わせた機械式時計に見切りをつけてクォーツ時計にシフトチェンジするか、今までの機械式時計のノウハウで何か策を打つかはっきりする必要がありました。しかし、あまりの事態に現実を受け入れる時間が足りなかったためか、各メーカーが「迷っている」という対応が多く、事態を好転させることができません。スイス時計産業の未来を懸念するまでに事態は陥ってしまいます。


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